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News & Blog明治公園を歩いて、建築家・藤本壮介氏の設計を読み解く
先日、8月7日に開園した福岡市博多駅近くの明治公園へ行ってきました。
建築家・藤本壮介氏が監修した公園です。
私は時間があると、建築や店舗、公園など、気になった空間を実際に見に行くようにしています。
目的は、単純に「かっこいい建物を見る」ことだけではありません。
なぜ、この空間は心地よく感じるのか。
なぜ、ここに階段があるのか。
なぜ、この形になっているのか。
設計者の意図や考えを、自分なりに読み解いていきます。
答え合わせができるわけではないので、あくまで私なりの考察ですが、「もしかして、こういう意図なのでは?」と自分の中でつながった瞬間は結構うれしい。
感覚としては、事件を捜査する探偵に少し近いのかもしれません。
建築版・名探偵コナンです(笑)

地上だけではなく、空中にも公園がある
明治公園でまず目を引くのが、敷地を取り囲むようにつくられた立体的な歩廊です。
1階は芝生や植栽の間を歩く公園。
そこから階段を上ると、2階、3階へと空中歩廊が続いていきます。
つまり同じ公園の中でも、
1階は、緑の中を歩く。
2階は、緑を上から眺めながら空中を歩く。
3階は、さらに高さを変えて街と公園を眺める。
歩く高さを変えることで、同じ場所なのに景色が変わっていきます。

さらに面白いのが、2階と3階の歩廊。
上下で完全に同じ形をコピーしているわけではありません。
少しずつ位置や形を変えながら、それでもある程度の規則性を持たせている。
そのため、バラバラには見えず、全体として一つの立体的な造形に見えます。
白い歩廊の幾何学的なライン。
その間から見える植栽。
さらにその奥に見える空や街。
建築と緑と空が重なって、一つのアート作品のような風景をつくっています。

なぜ、歩廊は途中で曲がっているのか?
実際に空中歩廊を歩いていて、気になったことがありました。
歩廊がずっと一直線ではなく、ところどころで微妙に折れています。
しかも一ヶ所だけではありません。
上下階や反対側の歩廊にも、同じような「折れ」があります。

なぜだろう?
最初は、
「ここで人を立ち止まらせて、何かを見せたいのでは?」
と考えました。
そこで実際に折れ点まで行って、その先に何が見えるのか確認してみました。
確かに「これを見せたいのかな?」と思える場所もあります。
でも、すべての折れ点に明確な対象物があるわけではない。
そこで、別の可能性を考えました。
もしかすると、歩く距離を心理的に短く感じさせるためではないか。
長い通路の先まで一直線に見えてしまうと、
「まだあそこまで歩くのか」
と無意識に距離を感じます。
ところが途中で歩廊を折ると、視線はいったん手前で止まります。
その先がすべて見えない。
結果として、一度に認識する距離が短くなる。
住宅でも、廊下やアプローチの先を少しずらしたり、視線の先に壁や植栽を置いたりすることで、距離感や奥行きの感じ方は変わります。
もし、この折れがそうした意図によるものなら、単なる造形ではなく、「歩く人がどう感じるか」まで設計されていることになります。
もちろん、これは設計者に確認したわけではなく、私なりの考察です。
でも、こうやって「なぜ?」を考えながら建築を見るのが面白い。

一番見てほしい場所に、一番大きな階段をつくる
もう一つ面白かったのが、大階段の位置です。
明治公園に直交する大きな道路があります。
その道路の両側には高層の建物が並び、歩道には街路樹。
ビルとビルの間には青空が抜けて見えます。

その道路の延長線上に、公園の中でも特に存在感のある大階段が配置されています。

この階段は、単純に上下階を移動するためだけの階段ではありません。
幅を大きく取り、途中に座っている人もいる。
人が行き来する場所でありながら、人が滞在する場所にもなっています。
そして階段を上った先では、街の風景が正面に抜ける。
人が一番行き来する場所に、一番印象的な空間を配置する。
動線と景色と居場所が重なっています。
白とライトグレーが、建築の存在感を消している
色についても印象的でした。
空中歩廊は基本的に白。
床も1階は白を基調とし、2階・3階は白に近いライトグレー。
手摺もシルバー系で統一されています。

特に手摺は、細い縦ラインが連続するデザイン。
視線を完全に遮る壁ではないので、その向こう側にある植栽や街並みが透けて見えます。
公園の中にこれだけ大きな立体構造物があるのに、「建築物がドンと建っている」という圧迫感があまりありません。
白やライトグレーを基調にして建築そのものの主張を抑え、その向こう側にある
緑・空・街・人
を見せているように感じます。

見せないところも設計する
細かな部分を見ると、設備の納め方にも工夫がありました。
照明などの配線・配管が目立たないように、歩廊の側面側に設備を納めるスペースがつくられています。

建築は、表面だけをきれいにつくっても、配管や配線、設備機器が無造作に見えてしまうと、一気に雑然としてしまいます。
だから、
何を見せるかだけではなく、何を見せないか。
これも空間をつくるうえでは重要な設計だと思います。
建築を見る時、「かっこいい」で終わらせない
明治公園を歩いていて、以前訪れた表参道の「ハラカド」と少し近い感覚もありました。
単純に建物の形が似ているということではありません。
緑を建築の中へ取り込み、
大きな階段をつくり、
上下方向へ人を誘導し、
街の中にいながら別の場所へ入り込んだような感覚をつくる。
そうした「街と建築と緑の関係」に、共通するものを感じました。
建築を見る時、
「かっこいい」
「おしゃれ」
だけで終わってしまうと、そこで終わりです。
でも、
なぜ、そう感じたのか?
を考えていくと、
高さなのか。
視線なのか。
光なのか。
色なのか。
動線なのか。
緑との距離なのか。
少しずつ空間を構成している要素が見えてきます。
そして、その考え方は住宅設計にも応用できます。
建築をそのまま真似するのではなく、
その空間が生まれた理由を読み解き、自分の設計に置き換える。
これも、設計者として建築を見る楽しさの一つです。
また面白い建築を見つけたら、建築版・名探偵コナンをやってみたいと思います(笑)
